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浦和地方裁判所 昭和61年(ワ)250号 判決

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、金六〇三一万七三一五円及び内金五四八三万三九二三円に対する昭和六一年三月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

(一) 原告らは、後記事故発生当時、埼玉県立川越農業高等学校(以下、「本件高校」という。)の生徒で、野球部に所属していた訴外亡石井隆(以下、「亡隆」という。)の父母である。

(二) 被告は、本件高校の設置者である。

2  事故の発生

亡隆は、昭和五八年六月二五日、埼玉県川越市内に所在する本件高校のグラウンドで野球部の練習中、頭部に球を受けて頭部に外傷を負い、同月二八日埼玉県所沢市所在の防衛医科大学病院で右頭部外傷に起因する急性硬膜外血腫により死亡した。

3  本件事故の状況等

(一) 本件高校野球部では、昭和五八年六月二五日、部員のうちレギュラークラスの部員及び監督が他校へ練習試合に出かけていたため、残っていた一、二年生の部員は、放課後、部長(部活動の顧問)であった同校教員関正行(以下「関部長」という。)の指導の下、同校の校内グラウンドで打撃練習を行なっていた。

(二) 亡隆は、一年生部員として右打撃練習に参加していたが、右打撃練習にはピッチングマシーンが使用されていたところから捕手を務めることとなった亡隆は、ピッチングマシーンからのボールに目をならすため二、三球を捕球することになった。

(三) 亡隆は、打者のいない状況で、ヘルメットとキャッチャーマスクを付けることなく捕球していたところ、何球目かの球が捕球態勢が整わないうちにピッチングマシーンから飛び出し、これが同人の左側頭部に当たり(以下、「本件事故」という。)、同人は、直ちに病院に運ばれ手当てを受けたが、一時意識が回復したものの再び意識不明となり、同月二八日脳幹損傷により死亡した。

4  被告の責任

(一) 右野球部員の打撃練習は、教育活動の一環として、正規の教育活動に含まれるものであるが、高等学校の野球部の練習活動が正規の教育活動である以上、高等学校長、野球部指導監督、同部長には職務上その練習のために使用する設備についても、その安全性を十分検討し、これを練習に使用する場合には事故の発生を未然に防止し、もって部員の生命身体の安全について万全を期すべき一般的な注意義務が存在する。

(二) ところで、本件事故は、被告の公務員である校長、監督及び部長が野球部の練習において時速一一〇キロメートル以上の球が発射されるピッチングマシーンの採用及び使用にあたり、次のような職務を行うについての違法な注意義務違背に起因するものである。

(1) 本件高校長訴外藤井茂男(以下、「藤井校長」という。)は、

〈1〉 野球部の練習にピッチングマシーンを採用するに際し、ピッチングマシーンの性能及び危険性の有無をよく調査し、いまだ硬球を使用した練習に慣れていない部員がいることも考慮して、部活動にピッチングマシーンを採用することの適否を十分に検討したうえで採否の決定をすべきであるのに、右調査、検討を全くすることなく、漫然とその採用を決定した。

〈2〉 更に、右採用の後、ピッチングマシーンの使用方法につき、野球部の指導教員、監督及び部長と協議し、安全な使用体制を整えて臨むよう確認してから使用させるべきであったのに、ピッチングマシーンの操作が簡単なものであると安易に考え、右のような協議、確認をすることなく安全体制を整備しないままこれを使用させた。

以上の過失により、本件事故を発生させた。

(2) 本件高校野球部の監督及び関部長は、

〈1〉 ピッチングマシーンを使用する場合、捕手を置く必要はなく、むしろピッチングマシーンの危険性からすれば、捕手を置くべきではなく、仮に捕手を置くとしても、常に、キャッチャーマスクを使用させるべきであったのに、これを怠った。

〈2〉 ピッチングマシーンを使用する場合、その操作を生徒にまかせることなく、自ら操作すべきであり、仮に生徒に操作をまかせるならば、その操作方法のみならず、打者及び捕手との呼吸の合わせ方等についてもピッチングマシーンを操作する者は先ずボールを掲げて捕手らに合図するほかピッチングマシーンに球を入れる直前に再度捕手の方を確認するよう注意を与える等十分に指導すべきであったのに、漫然と生徒に操作させていた。

〈3〉 本件事故当日は、前述のとおり一、二年生の技術の未熟な部員のみの練習であったのだから、ピッチングマシーンの使用を中止すべきであったのに、これを怠った。

以上の過失により、本件事故を発生させた。

(3) 関部長は、前述のとおり本件高校グラウンドにおいて練習に立会っていたが、捕手の経験のない亡隆が捕手として参加していることを知った時には別の捕手経験者に交替させるべきであったのに、漫然と見過ごした過失により、本件事故を発生させた。

(三) よって、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告らに対し、亡隆及び原告らが本件事故により被った損害を賠償する責任がある。

5  損害

(一) 亡隆の損害

(1) 逸失利益 金四七一三万三九二三円

〈1〉 昭和五九年度賃金センサス全男子労働者平均年収 金四〇七万六八〇〇円

〈2〉 生活費控除 五割

〈3〉 中間利息控除の係数

新ホフマン係数二三・一二三

407万6800円×0.5×23.123=4713万3923円(円未満切り捨て)

(2) 慰謝料 金一三〇〇万円

(二) 原告らは、亡隆の父母として、右損害賠償請求権を二分の一ずつ相続した。

(三) 原告らの損害

(1) 慰謝料 金六〇〇万円

原告らは、突然次男を失い、その心の痛手は計り知れないものがあり、それを慰謝するには、少なくともそれぞれ金三〇〇万円合計六〇〇万円を要する。

(2) 葬儀費用 金七〇万円

(3) 弁護士費用 金五四八万三三九二円

原告らは、本件訴訟提起にあたり本件認容総額の一割を弁護士報酬として支払う旨約しているので右報酬額の弁護士費用を要する。

6  損益相殺

原告らは、本件学校事故において日本学校健康会(旧安全会)から金一二〇〇万円の死亡見舞金を受領した。

7  よって、原告らは、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、右損害合計金六〇三一万七三一五円及び内金五四八三万三九二三円に対する本訴状送達日の翌日である昭和六一年三月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否と主張

1  請求の原因1は認める。

2  請求の原因2も認める。

3  請求の原因3について

(一)の事実は認める。

(二)の事実中、亡隆が、昭和五八年六月二五日、一年生部員として打撃練習に参加していたこと、右打撃練習にはピッチングマシーンが使用されていたことは認め、その余は争う。右打撃練習では、亡隆が捕手を務めることになったというわけではなく、部員全員が交替しながら捕手を務め、打撃練習をしていたものである。

(三)の事実中、何球目かの球が亡隆の捕球態勢が整わないうちにピッチングマシーンから飛び出したことは争い、その余は認める。但し、直接の死因は、脳幹損傷ではなく、急性硬膜血腫である。

4  請求の原因4について

(一) (一)の事実中、野球部員の打撃練習は、教育活動の一環として、正規の教育活動に含まれるものであることは認め、その余は争う。

(二) (二)について

A 藤井校長、関部長が被告の公務員であることは認め、その余は争う。

B(1) 本件高校では、昭和五五年二月に同校野球部OB会とPTA会計からの出資によりピッチングマシーンを購入したものであるが、ピッチングマシーンは、打撃練習を効率的に行うため、大部分の高等学校において使用されている。本件高校では、ピッチングマシーンを採用して以来、本件事故まで、ピッチングマシーンから発射された球で事故が発生したことはない。

(2) 本件高校においては、ピッチングマシーンを使用するについて、その危険防止のため、ピッチングマシーンに球を入れるに際しては、投入者が捕球する者に対し、必ず「オーエ」と大声で合図して捕球者に知らせ、捕球者の捕球態勢ができていることを確認してから、ボールを投入するよう生徒に指導していた。

本件高校では、右のように捕手を置いていたが、ピッチングマシーンから発射される球は、ピッチャーが投げる球と比べて、玉筋の変化、速度の緩急がなく一定しているのでより捕球しやすく、加えて、右のように球を投入する時、捕球者に合図をしているので、捕球するについて危険性はない。

また、ピッチングマシーンを使用する際、捕球者にキャッチャーマスクを付けさせていなかったが、通常、打席に打者がいない場合にはキャッチャーマスクを付けずに捕球するものであり、キャッチャーマスクを付けないで捕球することに危険性はない。

亡隆は、本件事故当日までの打撃練習において、幾度となくピッチングマシーンから発射される球を捕球しており、その捕球には慣れていた。

(3) 本件事故当日、ピッチングマシーンを操作していた本件高校の生徒であり野球部員である訴外蓮見勇(以下、「蓮見」という。)は、3B(2)記載のとおりの指導に従い、亡隆に対し、「オーエ」という大声を出してピッチングマシーンに球を入れる旨を知らせ、同人が捕球態勢に入ったことを確認してから球をピッチングマシーンに投入したものである。ところが、蓮見が球を入れた後、更に亡隆の方を見ると、同人は、レガースの辺りを気にして、ピッチングマシーンの方を見ていなかったため、右蓮見が「危ない」と大声を出したが間に合わず、球が亡隆の頭部に当ってしまったものである。このときピッチングマシーンから出た球の初速度は、時速約一〇〇キロメートルであり、直球のストライクであった。

(4) 以上のとおり、本件事故は全くの偶発的なものであり、また、ピッチングマシーンの使用については、前述のとおり指導していたものであるから、藤井校長、関教諭、野球部監督には何らの注意義務違背は存在しないのであって、本件事故について被告に損害賠償責任が生ずるいわれはない。

5  請求の原因5について

A 認否

請求の原因5については争う。

B 主張

仮に、被告に責任があるとしても、本件事故については、亡隆にも過失があった。

即ち、ピッチングマシーンを操作していた蓮見が、亡隆に対し、「オーエ」という大声を出してピッチングマシーンに球を入れる旨を知らせた後、同人が捕球態勢に入ったことを確認してから球をピッチングマシーンに入れたところ、亡隆は右のように捕球態勢をとったのにもかかわらず、しかも捕球態勢をとれば、当然ピッチングマシーンから球が発射されてくるにもかかわらず、下を見るなどしてその捕球態勢を突然崩した過失により、発射された球を捕球することができず、本件事故が発生した。

6  請求の原因6の事実は認める。

三  被告の右主張(二4(二)B(1)ないし(4)、5B)に対する原告の認否

いずれも争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  当事者

請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  事故の発生

請求の原因2の事実も当事者間に争いがない。

三  被告の責任

A  事故の状況等

本件高校野球部では、昭和五八年六月二五日、部員のうちレギュラークラスの部員及び監督が他校へ練習試合に出かけていたため、残っていた一、二年生の部員は、放課後、部長(部活動の顧問)であった同校教員関正行の指導の下、同校の校内グラウンドで打撃練習を行っていたこと、亡隆が、一年生部員として、右打撃練習に参加したこと、右打撃練習にはピッチングマシーンが使用されたことは当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

昭和五八年六月二五日の本件事故当日のピッチングマシーンを使用してされた打撃練習は、打者、捕手、ピッチングマシーンに球を入れる係とその他の守備についた選手とがそのポジションを交替で担当していく方法で行われており、本件事故の直前には、捕手が亡隆に、ピッチングマシーンにボールを入れる係が蓮見に、打者が訴外太田にそれぞれ交替して、亡隆がキャッチャーマスク(面)とレガース(脛当て)とを付けてピッチングマシーンから発射された球を二、三球捕球したが、亡隆が本件事故の直前に捕球した二、三球は打者が交替したためストライクゾーンに入らなかった。そこで、蓮見はピッチングマシーンの向きを調節し、ストライクゾーンに球が打ち出されるようになっているか様子を見るため、球を発射しようとして、手に握った球を高く掲げるとともに、バッターボックスから出ていた太田、キャッチャーマスクをはずしていた亡隆、守備についている他の選手に「オーエイッ」と大声を掛け、亡隆が捕球態勢をとっているのを見、そのことから同人がピッチングマシーンから球が発射されることを認識しているものと判断して、その後は亡隆の方を見ることなくピッチングマシーンに球を入れた。そして、蓮見が球を入れ終わってから再度亡隆の方を見ると、同人は右足のレガースの金具を気にしている様子で下を向いていたので、「危ない。」と声を出したが、既に機械に投入され、直後に発射されたボールは亡隆の頭部左耳上部に当たった。

その後直ちに、亡隆は病院に運ばれ手当てを受けた結果、一時は意識が回復したものの、再び意識不明になり、昭和五八年六月二八日、頭部外傷に起因する急性硬膜外出血により死亡した(死因を除き当事者間に争いがない。)。

B  本件高校における野球部の打撃練習指導の性質と校長等の注意義務違背の有無等

1  本件高校の野球部の打撃練習指導が、教育活動の一環として正規の教育活動に含まれることは当事者間に争いがない。ところで、国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使」には国や公共団体がその権限に基づき優越的な意思の発動として行う権力作用のみならず本件のような公立学校における教育作用のような非権力的作用も含まれると解される。

また、本件高校の校長及び部長が国家賠償法にいう「公務員」であることは多言を要しないところであり、更に証人松本正及び同藤井茂男の各証言によれば本件高校は野球部の監督を生徒の父兄に委託しており、本件事故当時の監督は野球部の練習にほとんど毎日のように立ち会って指導していたことが認められるところ、国家賠償法一条にいう「公務員」には組織法上の公務員のみならず委託・委嘱を受け、または派遣されるなどして国や公共団体のため公権力の行使に該当する職務の一端を担当する者をも含むのであるから、右監督も前同条の「公務員」に該当するものと解される。

2  ところで、本件高校の校長、野球部の監督及び同部長も学校教育法等の法令により生徒を保護・監督する一般的な義務を負わされているが、前記の打撃練習が正規の教育活動である以上、その具体的な保護・監督の状況に応じて行為主体ごとに個々の注意義務が措定されることになる。そこで、原告らの主張の各過失につき前提となる注意義務の存否とその存する場合の注意義務違反の有無につき検討する。

(一) 本件高校の本件事故当時の校長の過失(請求の原因4(二)(1))について

(1) ピッチングマシーンの採用にあたっての調査及び検討について

〈証拠〉によれば、昭和五五年五月ころにピッチングマシーンを以下の経緯で採用したことが認められる。

本件高校は野球部の部員が少なかったので、バッティングピッチャーを部員にさせると肩を壊す者が毎年多く出たことや、ピッチングマシーンを採用すると打力の向上が望めること、捕球の練習になることから、野球部のOB会から当時顧問をしていた大滝教諭にピッチングマシーンの導入の話が持ち掛けられ、大滝教諭が校長や他の顧問に特に相談することなくピッチングマシーンの採用を決定した。そして、その購入資金につきOB会だけではこれを賄えないので、本件高校から援助を受けるためピッチングマシーン採用の件につき職員会議にかけた際、校長をはじめとする職員の間でピッチングマシーン自体が安全なものであるかについては話が出たが、ピッチングマシーン自体は使用方法を誤らなければ安全なものと考えていたので、ピッチングマシーンを使用するときの捕手の安全等については、特に話題にすることなく、その採用を決定した。

ところで、〈証拠〉によれば、財団法人埼玉県高等学校野球連盟に加盟していた高校のうち六五パーセントがピッチングマシーンを使用していたが、ピッチングマシーンによる死亡事故は本件事故がはじめてであり、右連盟は事故後にはじめてピッチングマシーンの安全な使用について注意を促したほどであることが認められる。したがって、本件高校がピッチングマシーンを採用した当時は、埼玉県内の野球部のある高校において、ピッチングマシーンにつき使用方法を誤らない限り特に危険ではないと考えていたとしても、これを非難することはできない。

そうすると、本件高校が前記認定の経緯で、校長が特にピッチングマシーンの危険性につき調査し、その採用の適否を検討することなく採用を決定したとしても、その点につき注意義務違反があるとはいえない。

(2) ピッチングマシーンの使用方法に関する認識とその安全性の確認について

〈証拠〉によれば、本件高校においては、校長は野球部の活動につき、他の部と同様、野球部から年間計画を提出させて、右計画に指導許可を出して、その後の具体的な練習については顧問に任せ、他の部の活動も含めて、何か事故が起きたときには、顧問に対し安全指導を確実にするようにと注意を与えていたが、顧問との間でピッチングマシーンの使用方法ないし指導方法につき話し合ったことはなかったことが認められる。

そこで、次に、顧問がした具体的な練習におけるピッチングマシーンについての安全指導についてみるに、証人松本正、同関正行及び同蓮見勇の各証言によれば、ピッチングマシーンの採用時から、当時顧問であった大滝教諭は、打撃練習においてピッチングマシーンを使用するときの注意として、ピッチングマシーンに球を入れる係は手に持った球を高く頭上に掲げ、「オーエイッ」と発声して、内外野、特に打者に球の位置を知らせること、捕手も当然ボールの位置を認識し、ピッチングマシーンから球が発射されるのに備えて捕球態勢をとるから、球を入れる係はそれを確認してピッチングマシーンに球を入れることを選手に指導し、その後も上級生の部員から下級生の部員へとこの注意を伝えるように指導し、現に本件事故当時も二年生から一年生に右の注意事項が伝えられていたことが認められる。そうすると、前記認定のとおり校長が顧問らとピッチングマシーンの使用につき具体的に協議することなく、また、安全な使用体制につき確認することもなく、具体的練習につき顧問に任せていたとしても、顧問が右認定のような適切な指導をしていた以上、校長のその指導方針には何ら落度はなかったというべきであり、この点につき校長に原告ら主張のような注意義務違背があるとはいえない。

(二) 本件高枚の本件事故当時の野球部の監督及び顧問の過失(請求の原因4(二)(2))について

既に判断したとおり、ピッチングマシーンの使用にあたっては、前記のとおり現にその適切な安全確認の方法が上級生から下級生に伝えられていたのであり、このような安全確認をする限り、一、二年生の部員がピッチングマシーンを操作することに何ら問題はないから、監督及び顧問には、ピッチングマシーンの操作を部員に任せてはならないとの点、あるいは、仮に任せるとしてもピッチングマシーンの使用にあたっては現になされていた以上に十分指導すべきであったとの点、また、事故当日、一、二年生の部員だけだったのであるからピッチングマシーンの使用を中止すべきであったとの点のいずれの点についても注意義務違反があるとはいえない。

また、〈証拠〉によれば、ピッチングマシーンから発射される球は、ピッチャーの投げる球よりも、速度は速いが一定しており、ストライクゾーンに入ってくるから、一般に捕球しやすいこと、ピッチングマシーンを使用するとき捕手を置くと、微妙なボールのストライクか否かの判断を捕手ができること、球が散逸しないようにできること、捕手を球に慣れさせることができる等の有益な点のあることが認められる。そうすると、ピッチングマシーンを使用してする打撃練習において捕手を置く必要がないとはいえず、ピッチングマシーンの球を捕球する捕手に特に危険があるとはいえないから、監督及び顧問には捕手を置いていた点に注意義務違反があるとはいえない。

更に、キャッチャーマスクについては、証人松本正の証言によれば、これは、ファールチップないし打者が空振りしたときの球が捕手の顔面に当らないようにするためのものであり、これを顔に付けることにより視野が狭くなりかえって危険であることが認められるところ、本件事故は打者がバッターボックスを外しているときに発生したものであることは既に認定したとおりであるから打者からの危険はなく、視界の範囲を考えるならばかえってキャッチャーマスクを外していた方が安全であったとも考えられ、監督及び顧問には亡隆にキャッチャーマスクを付けさせなかった点につき注意義務違反があるとはいえない。

(三) 本件高校の本件事故当時の部長の過失(請求の原因の4(二)(3))について

本件事故は、打者がバッターボックスを外しているときのものであることは、既に認定したとおりであるから、本件事故当時、ピッチングマシーンから発射された球を捕球するについては、打者からの危険はなかった。また、ピッチャーの投げる球よりもピッチングマシーンから発射された球の方が一般に捕球しやすいことも既に認定したとおりであり、また、証人関正行及び同松本正の各証言並びに原告石井清介本人尋問の結果によれば、亡隆は本件事故以前の昭和五八年五月の連休のころから本件事故当日まで(途中指を骨折して練習を休んでいた同年五月一二日から六月一〇日ころまでの間を除く)、ピッチングマシーンを使用しての打撃練習の際には他の選手と交替で捕手のポジションを担当していたこともあることが認められるから、亡隆がレギュラーポジションとして捕手の座についていなかったとしても、捕手の経験者と交替させねばならないほどの危険があったと認めるに足りる証拠はない。

したがって、部長には右の点につき原告らの主張するような注意義務違背があるとはいえない。

結局、本件事故は、亡隆がピッチングマシーンから球が発射されることの合図を受けた後に一瞬球への注意をそらしたことにより生じた不幸な出来事であったというほかない。

3  したがって、被告が国家賠償法一条一項により責任を負担するとの原告らの主張は理由がない。

四  むすび

以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小笠原昭夫 裁判官 平林慶一 裁判官 永井裕之)

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